和音を聴く、というだけですが
分離唱のサークルに、母親が分離唱を指導していて、それを聴いて育ったという男性がいらしています。
直接お母様から指導を受けたことはないそうで、いつも家の中で分離唱をする、ピアノの微かな音が聞こえていたそうです。
分離唱のある、環境で育った、というべきでしょうか。
彼はとても敏感な耳をしていて、ハモるのが当たり前、っという感覚をお持ちのようです。
よくハモるのが得意な人がいますが、この方は頭で理解している、というよりも、身体的、感覚的な感じで身についているように感じます。
この方や、この方の小学生のお嬢さんは、和音の聴き方が違うようです。
わたしたちは単音の音階から育ち、音が重なってできたものを「和音」と理解していますが、
彼らは和音そのものの違いで響きの区別をしており、あとからその音の構成を見つけ出すような耳に育っています。
色で例えると、前者は赤と青をたすと紫、という覚え方。
後者は紫は赤と青、という捉え方。
どちらかというと、音楽教育を受けていない人の感覚に近いです。
頭で理解するより、もっと感覚的なところでの理解です。
だから歌う声や弾くピアノの音が違うのでしょうか。
音楽に対する、とても自然な姿勢が羨ましいです。
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