練習って
レッスンでヴァイオリンの演奏にアレクサンダーを試していた時に、
生徒さんが昔先生から言われたことを、突然思い出して話してくれました。
それはヴァイオリンの先生ではなかったけれど、
「字を練習する時に、お手本をなぞって何百回も書いていたら、当然上手になるのはわかるけど、お手本なしで勝手に何百と書いても、それほど変わることはないだろう。下手な練習はどれだけ数をこなしても、上手くはならない。」
言葉は違っていますが、こんなようなことを言われていたと、教えてくれました。
おそらくその時の体験が、自分の習慣的な練習をいくら重ねても、行きつかないものだと悟ったのかもしれません。
ちょっと意味は違ってしまうけど、分離唱の佐々木基之先生も、よくおっしゃっていました。
「間違いの練習をしてはいけません。」
わかりやすい例えで言うならば、間違った音を弾き直して何度も練習するのは、間違えて弾き直しをすることを練習していることになります。
ゆっくり、必要な情報を正確にインプットすれば良いのです。
その時のじぶんの状態も、できるだけ良い状態が良いでしょう。
「できない」と焦っていたり、不安を持っていれば、そういうものも復唱して練習していることになります。
クリスタルボウルを奉納するというひとに、レイキの先生が注意していたことを思い出します。
「神様の前では練習はない。すべてが本番だ。」と。
披講も同じです。
間違えようと、何が起ころうと、止まってはいけない。
そのときのじぶんのすべてを出す。
音を出すにあたって、音楽を作り出すにあたって、練習はない。すべては本番。
そんな心構えを目指して行こうと思います。
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